玄関を出るともう、いつのまにか、金木犀の匂いがしなくなっていて、本格的に秋になってきたことがうかがえる。徐々に匂いが薄れていくのではなく、ある日パタンと匂いがしなくなるのが不思議だ。(実際は徐々に薄れていってるんだろうけど)
そんな日が明確にわかるのではなく「そういえば、あの匂いしなくなったな」と消えた後に思い出させる。不思議な花だな。
先日、予約していた推しの写真集を引き取りに行った。帰って真っ先に自分の部屋へ行き、袋を開ける。すると、シュリンクに覆われた推しの写真集が…私は目を輝かせた。早く中身を見たいが、シュリンクを切る時に表紙を傷つけてはいけないという気持ちと葛藤しながら、でも表紙が傷ついたら元も子もないので丁寧に、ゆっくりと開封した。本のシュリンク、開け辛くて毎回緊張してしまう。おもむろに1ページ目を開く…「と、尊い…」無意識に口から溢れた。ページをめくるたびにいろんな気持ちが込み上げてきて、目頭が熱くなる。ファン歴は短いし、推しの中身はあまり知らない、それでも推しのことを好きになり、応援してきてよかったと思えた。また、そんな私が推しの写真集を手にして見られて良かったと思った。
一緒にいるなら感性の似ている人がいいーーーそう思い始めたのはカメラを始めて、ある程度上達してきてからのことだろうか。ただ夜景を見て漠然と綺麗だって言い合うんじゃなくて、例えば、夕日で黄金色に輝く街とその影、雨の夜の濡れた地面に反射して揺らめく車のライトや信号機のカラフルな光を見てそういうのに共感してくれるような。よく一緒に撮影に行くカメラ仲間とは、一緒に歩いていても同じタイミングで立ち止まり、同じような場所で撮影する、そして撮った写真を見返したら同じような写真、なんてことがしばしばあって。綺麗だと感じるものは人それぞれ違う、でも自分が綺麗だと思ったものを他の誰かもそう思っていたら嬉しくなる。
ローカル線で温泉へ向かう16時を過ぎたあたり、多くの学生が西日に照らされた電車に乗ってきた。久しぶりにあんな多くの学生を見た気がする。16時半にもなる前には夕日も山に落ちてしまって、学生たちもいなくなり、私は活気のない車内に残された。
電車なんて全く興味のなかった私が今、電車が好きなのは学生時代に学校をサボって、学校の最寄駅を何駅も離れたところに行ったのも一つの理由だと思う。あの頃は、電車のことなんてよくわからなくて、どこへでも行けると思っていた。
誰かが残した愛の形
民家の前に置いてあった植木の葉は昨日の雨で落葉していた。

あの日がまた心に影を映す

なんか書く

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